takumikoについて

こんにちは、takumiko@takumiko_com)です。

自己紹介します。

takumikoの概要

takumikoはそのまま「たくみこ」と読みます。

本名はひらがなで「たくみ」といいます。(男の子みたいな名前ですが女子です)

1993年生まれ南大阪出身

ちょっと変な関西弁と丁寧な標準語を話します。

フリーランスのライターとして書くことを生業にしています。

関心ごとは、自然、いきもの言語、文化エシカル哲学仏教神道ゲストハウスなど、いっぱい。

渡航国数は20カ国ほど。人や文化とちゃんと出逢って、その国を味わうような旅が好きです。

高校を卒業後、ワーホリを使い倒してカナダニュージーランドオーストラリアを転々としました。

現在はオーストラリアに移住中で、メルボルンを拠点に、世界へと飛び出しています。

趣味は、考えること読むこと自分の中の常識をぺしゃんこにすることお散歩

いきものと自然が大好きです。

ツイッター

フェイスブックページ

世界を開く旅
→本ブログ。世界や旅のこと、新しい分野の開拓など。

takumikoブログ
→書評や思考・考察などのしっかり目な文章はこちらに。

note
→旅のエッセイやふとした日記などのエモーション系はこちらに。

カンガルーデイズ
→ワーホリのTIPSをまとめています。

***

以下、詳しい内容です。

takumikoのこれまで

わたしの来歴です。

学生時代

学生時代は、いわゆるガリ勉でした。テストで良い点をとって褒められることがうれしくて、真面目な性格から、一生懸命勉強しました。趣味は勉強、居場所は塾、私服は制服の灰色の学生時代を過ごしました。

ガリ勉一筋だったにもかかわらず、志望校に落ちてしまい、浪人生活へ。しかし家でひとりで続ける孤独な勉強は続かず、途中で「なんのために大学いくの?」と受験勉強をこじらせました。

大学に進学するのは「みんながそうするから」という流れに乗った思想からで、特に大学で学びたいことはありませんでした。

一応、外交官になりたいというそれっぽい建前はありましたが、外交官になりたい理由も「なんかカッコイイ」とぼんやりとしたもの。勉強を続けるモチベーションとしては不適切でした。

「周りを見て自分を決めることを辞め、自分のために好きなことをやってみよう」

そう思い立ったのですが、勉強にかまけて自分のスキを探求することを怠ってきてしまったため、まず何が好きなのかもわからない

解決方法を探してぐるぐる悩んでいると、海外という選択肢が視野に入りました。海外で暮らしてみたいというのが外交官を目指した根本的な理由だったからです。

英語が話せるようになれば自分の可能性が広がるし、何より新しい環境が自分を変えてくれるんじゃないか。

そんな他力本願な思いから、日本を出ることにしましたーー。

カナダ

海外に行くといっても、正規留学するほどの語学力もお金もありません。ワーキングホリデー制度を利用して、現地で働きながら語学力を磨くことに。行き先はカナダ・バンクーバー

不安はもちろんありましたが、来てしまえばなんのその。勉強しなきゃ、周りの期待に答えなきゃ、というプレッシャーから開放され、人生で初めて何にも縛られない自由を味わいました

新しい街では誰も私のことを知りません。日本にいたときは「こんなことをしたらどう人に見えるんだろう?」と人の目を気にしてしまう自分がいましたが、ここではどんな自分にでもなれるような気がしました。

カナダでの出会いはわたしの世界をグンと広げてくれました。それ以前は学校や塾で会う同年代の友達、先生、家族がわたしの世界全てでしたが、もちろん世界はもっと広い

いろいろなバックグラウンドを持った人との出会いにより、勉強するのが当たり前、大学行くのが当たり前、といった価値観が途端に窮屈なものに感じられました。

誰か引いたレールの上をわたしは一生懸命歩いていたんだな〜と、少し引いたところから自分自身を見つめたのを覚えています。

はじめての海外、はじめてのバイト、はじめての一人暮らしを経験し1年が終了。

たくさんの失敗もありましたが、同時に「自分のできること」が増えていきました。「どこでも生きていける」という大きな自信を持って、20歳、日本へ帰国ーー。

ニュージーランド

カナダがわたしを変えてくれる。そんな希望を持っていましたが、それは幻想でしかなく、帰国後も「これやりたい!」と強く思えるものはありませんでした

けれど、行った甲斐あって「これは好きかな?」という微かな感触はあり、言語学というものに興味が出ました。

しかしながら、言語学の興味をどのようにカタチにすればいいのかわからない。このときは「仕事に繋げなきゃ」という固定概念があったので、大学で専門的に学ぶことを決めました。

英語が話せるようになったことにより、海外の大学を目指すことに。英語力に自信がなかったので、海外進学向けのプレスクールに通うことにしました。

今後、学業で忙しくなることを見据えたわたしは、その前にもう一度カナダのときのような自由な時間を過ごしたいと思い始め、英語力のキープも兼ねてニュージーランドへ行くことに決めました。

カナダで一通りやっているので今回は慣れたものです。運よく、ゲストハウスでお仕事をさせてもらえることになりました。

ゲストハウスには世界各国から旅人が集まっており、毎日いろんな旅の話を聞きました。私のやっていることは海外に”住むこと”だったので、彼らの話はとても新鮮で、「わたしも旅とかしてみたいな〜」という気分に。

毎日いろんな人と出会えて、いろんな世界がフュージョンするゲストハウスという空間がとても気に入りました。

都会っ子だったので、行く前は「ニュージーランドって山と羊しかないでしょ?」と正直全くニュージーランド自体には興味がなかったのですが、実際に住んでみてその美しさに心奪われました

美しい場所というのは世界にたくさんありますが、今でもあのニュージーランドの景色は特別だと思います。

好きな職場で働けて、好きな人たちに囲まれて。ゆったりと平和に流れる時間の中、とても幸せでした。ずっとこれが続けばいいと思いました。

けれど、学校の入学が決まっていたので、わたしは帰らないといけない。これは束の間のバケーションなのでした。

美しいニュージーランドに尾を引かれつつ、21歳、帰国ーー。

オーストラリア

帰国後、予定通りプレスクールへ。鬼のように課される英語の課題に一生懸命取り組みながらも、心はまだニュージーランドにありました。彼氏をニュージーランドに置いてきたこともあって、なかなか日本での日々に気持ちがゆきません。

「大学に行く」という1年前の決意はあっけなくどこかに飛んで行ってしまい、就学後はニュージーランドに戻るか、彼と共に世界を旅したい、という新しいワクワクで頭がいっぱいになって、居ても立ってもいられなくなりました。

結局、大学に行かないならプレスクールも必要ないと、カリキュラムが一段落したところで学校は辞め、彼が居るオーストラリアに飛びました。(彼はニュージーランドからオーストラリアに移動していた)

西オーストラリア・パースで彼と合流し、お金を貯めるために働きました。オーストラリアでは行き当たりばったりの決断だったので、自分では思ってもみなかったことをたくさん経験しました。

なぜか漁師になったり、軍隊のようなファームで泣きながら農業したり、金の鉱山で働いたり。自分でゲストハウスをしてみたいという具体的な夢ができたので、ゲストハウスで働きながら運営の仕方などを学びました。運営の実践練習だと思って、実際に家を借りてシェアハウス運営もやってみました。

たくさん新しいことに飛び込み、いろいろな人に出会い。挑戦の2年間でした。

漁師時代

金鉱からの景色

ゲストハウスのスタッフ

途中で彼氏と「ニュージーランドに帰りたいね」という話になり、ニュージーランドに移住するならオーストラリアの永住権を先に取るのがいいのではないかと道筋が立ちました。(オーストラリアの永住権を持っているとニュージーランドにも住める)

彼がワークビザをゲットしたのでオーストラリアへの移住のフローに乗り、同時に現在も住んでいるメルボルンに移動することに。

パースからメルボルンまで3700km、車で引越しした

永住権は長い道のりで最短でも5年はかかる見積もりでした。

彼はビザのために別にやりたくもない仕事を続けてくれています。旅行と写真が好きで、本当はいろんなところに行って写真を撮りたいのに、私達の未来の為に犠牲になってくれている。

対してわたしは彼のビザに乗っかるだけなので何の制限もありません。

ゲストハウスでの仕事は続けていましたが、マンネリ化していました。

気がつけば、身の回りの選択はそのときの流れで「なんとなく」始めたものの延長戦にあり、日常は惰性の塊と化していました。

このままではいけない。

移住をきっかけに、自分を変えるときがきたのだと感じました。

自分の人生を

YOLOという有名な言葉があります。「You Only Live Once」の略で、「人生1回きり」という意味です。歳を追うごとに、このYOLOという言葉がどんどん現実味を帯びるのを感じていました。

You Only Live Once. どんな人生でも、死んでしまったらそこでおわり、リスタートはできない。特別な出来事があったわけではありませんが、おわりの存在を意識するようになりました。

同時に、わたしは「いつか」という言葉を多用していることに気が付きました。「いつか行ってみたい」「いつかやってみたい」そんなふうに「いつか」「いつか」と言っていたら、本当に「いつか」が永遠になってしまう。それはとても恐ろしい。

 

また、わたしは本を読むばかりで、まるで自分が本当に知っているかのような気になってしまう頭でっかちなところがあり、それを恥ずかしく思っていました。

「知っていること」と「実際に体験すること」の間には雲泥の差があります。

知識を入れて頭の中で考えることも大切ですが、より良い自分にアップデートしていくために、実際に体を動かして、自分の中から湧き出る何かを感じ取ってみることが必要なのではないだろうか?

自分の中でそんな事情が重なった24度目の誕生日、

「もっと自分の人生を大切にしよう」

「もっと好きなことを、めいいっぱい楽しんで生きてみよう」

「そして、それを仕事にしよう」

自分のためにも、彼のためにも、挑戦してみようと決めました。

次の目処も立っていませんでしたが、なんとなくやっていた仕事をやめました。これで時間も場所も、わたしを縛るものはもう何もありません。

自分自身とちゃんと向き合おうと、一歩踏み始めましたーー。

世界へ

どこから始めればいいのかわからなかったので、次に「いつか」と思ったことは実行しようと決めていました。そしてその「いつか」はロシアでした。

米原万里さんの『マイナス50°Cの世界』を読んで、「いつかわたしもロシアの極寒をこの肌で感じてみたい」と思いました。そしてときは1月、ロシアは冬真っ盛りです。

たったそれだけの動機でしたが、自分を変えれるきっかけになるならそれで十分だ思いました。気持ちが変わる前にと、すぐにフライトを予約して、ビザをとって、荷物を詰めて、真冬のロシアへ。

シベリア鉄道に揺られ、ウラジオストクからサンクトペテルブルクまで1ヶ月かけて、のらりくらりとロシアを横断しました。

日本の外には長らくいましたが、非英語圏はほとんど初めてで、見慣れないキリル文字や理解できないロシア語に異国感を強く感じ、新しい世界にワクワクしました。

バイカル湖でマイナス35°Cまで体験した

明確な旅の目的も、目的地も、旅のおわりさえない旅行はこれが初めてでした。朝起きてから何をするか、どこに行くか、すべてを自分で決めるということに、最初はすこし戸惑いつつも、大きな自由を感じました。

この時間を仕事にできたらどんなにいいだろうか。いや仕事にしてみよう、してみるんだ。そう思い、ツイッターで発信したり、体験を文章に載せてみたり。発信者としての活動が始まりました。

↓はじめて書いた記事

西側まで到達したついでに、バルト三国を南下し、ベラルーシ、ウクライナ、ポーランド、チェコ、と東欧を回り、そして最後にスペインまで行って、最初の旅は幕を閉じました。

オーストラリアに帰国後は、なんとか自分の体験を仕事にしようと、いろんな方面に触手を伸ばしました。ニュージーランドでウーフしたり、タイで仏教に触れてみたり、カンボジアでボランティア活動を取材してみたり、と次の旅にも出かけました。

ウーフでお世話になったお家

タイでお坊さんと友達になった

 カンボジアでHappy Soup Projectを取材させてもらった

現在は3ヶ月に1度くらいのペースで、まだ見ぬワクワクを求めて世界に出かけています。

自分のための時間も増えたので(むしろ自分のための時間しかない!)、興味のあることはどんどん自分に引き寄せて、やりたいことがいっぱい!

前より生活は不安定になったし、苦しいこともたくさんありますが、毎日何をしようかワクワクしながら生きているので、やりたいことすら分からず、いつも不安だった以前よりは幸せになったかな〜と感じます。

***

長くなりましたが、以上がtakumikoのこれまででした。

ここからはわたしが大切にしている3つの柱

  • 生きることに納得するために考えること
  • 旅をすること
  • エゴを押し付けずに「誰かのために」を実行すること

についてお話しします。

生きることは納得すること

突然ですが、わたしは自分が大好きです

新しい自分を発見することが何よりもたのしい。その楽しさを味わうために生きていると言っても過言ではありません。

「何のために生きるのか?」「人生に意味はあるのか?」という問いは、多くの人が抱えるクエスチョンだと思います。わたしも考えました。

今のところ、わたしの見解はこうです。

『人生に意味があるのかはわからないけれども、わたしが「わたし」である意味があってほしいと願います。

わたしが「わたし」である”意味”があるならば、その根拠となる”理由”があるはずです。

・わたしを「わたし」たらしめる要素は何なのか?

・「わたし」がこういう価値観を持っている背景にはどのようなことがあったのか?どのような思想から影響を受けているのか?

・「わたし」の直感的な好き嫌いはどういった基準で行われているのか?それはどこから来るのか?

わたしは思考で物事を理解するタイプなので、こういった疑問に1つ1つに解を見つけて、少しずつ「わたし」であることに納得していきたい

そして、その納得するまでの自分探しのプロセスがとても楽しいんです。

 

納得するためには、自分を納得させるだけの考えを積み重ねないといけない。だから、わたしの趣味は考えることです。

考えることは難しいし、疲れるし、ときにはネガティブに「悩む」方向へいってしまうけれど、生きるために必要なことだと感じます。

考えに考え抜いた上に得られる「なるほど!」という納得感は生きる喜びです。

***

「考える」を深めるために哲学に出会いました。

「ものごとの本質を掴むことが哲学である」というのが私の先生の教える哲学です。

「これってそもそもどういうこと?」と物事の本質に近づくと、わたしを含む世界がエゴの上に成り立っていることがよくわかります。

そしてそのエゴを正当化するために「当たり前」や「普通」といった言葉で価値観を植え付けられていることも理解しました。

その価値観のせいで「自分」や自分を取り巻く「世界」が歪んで見えてしまう。これは考えるための大きな弊害です。

 

植え付けられた価値観を認識することができれば、今度はその見つけた自分の価値観をアップデートすることができます。

世間に蔓延る「当たり前」に出会い、違和感を感じ、それを消化することでより柔軟な自分へとアップデートする。

するともっと違った視点で多面的に世界を観察することができます。

哲学の考え方のおかげで、エゴを押し付けるだけの思い上がった正義に凝り固まっていた「わたし」を少しずつ溶かせるようになりました。

ちょっとずつ視界が広がってゆき、よりニュートラルな立場で物事を考えられるようになったと感じます。

 

何しろ「考えることが趣味(悩むことも趣味)」なので、これをどうにかアウトプットして「考えること(悩むこと)が仕事」にしていきたいところです。

旅すること

「旅すること」もいまや私の大きな柱となっています。

上記の通り、わたしは自分への関心が強く、知識を入れたり、考えたりするのが好きなのもあって、頭の中で生きている時間が多いです。

そんな頭でっかちな自分を変えゆくために、旅は4つの意味でわたしに働きかけてくれています。

1、体験として新しいものに出会う

旅に出るということは、”自分の体”でもって新しいものに出会うということです。

旅の物理的そして強制的な世界の広げ方は、自分を頭の中から引っ張り出す効果的な手段です。

スマホで検索するだけで世界のあらゆることにアクセスでき、写真や動画などのビジュアルを介して世界を追体験することがより安易になったこの時代ですが、やはり行ってみないとわからないことはたくさんあります。

世界は広く、私の知らないことで溢れている。これを実感として感じ取るだけでも旅に出る価値は大いにある、と私は思います。

旅の間は観光地なども回ったりしますが、人との出会いやその地の文化や歴史に少しでも触れられるもの、自然など、”そこでしか感じられないもの”を大切にしています。

とりわけ、そこに住む人と出会って生の声を交換することは、心が揺れ動きやすく感情が立ち現れやすい。一生懸命、言葉を覚えて地元民に話しかけるのが旅の大きな楽しみの1つです。

2、世界に生きている感触を味わう

旅をすることによって、世界に生きている実感を得ることも楽しいです。

ロシアの冬が寒いということは知っていても、実際に足を運ばないと、あの鼻毛がぱちはち凍る「不快感」はわからない。

タイについてある程度のイメージを持っていても、古びた3等列車で、地元民の人間の匂いを感じながら、窓から直接入る生ぬるい風と田んぼの青臭い匂いに包まれて眠る「湿った空気」はわからない。

ニュージーランドの美しいと知っていても、あの「目から吸い込むような冴え渡る青」は、自分の目で体験しないとわからない。

体験することを介して、知識として知っていることを”本当に”知っていることに変えたとき、わたしは自分が世界に生きていることを感じます。これは頭の中に住んでいては味わえない実感です。

加工したの?っていうくらい澄んだ青がニュージーランドにはある

3、世界を鏡にして自分を発見する

旅は自分の外へ世界を広げるだけではなく、自分を深めることにもつながります。

自分と違うものに出会ったり、今までとは違う環境に飛び込んだとき、必ず何かを感じます。それは新しい発見への驚きだったり、アダプトするまでの不快感だったりします。

この”感じる”ことによって、「どうして自分はこう感じたんだろう?」と自己分析を進め、新しい自分に気がつく。それは、世界を旅するのと同時に、自分の中も旅しているようなものだと思います。

『世界は自分の映し鏡』という言葉がありますが、旅をしてその言葉を実感しました。

日常の中にいると、自分というものについて、気づきにくいことはたくさんあります。そこで異質の中にいる自分を観察することによって、そこに違和感を感じ取り、自分という輪郭がはっきりする。世界を鏡にして、新しい自分が見えてくる。

やっぱり「自分」というテーマに戻ってきてしまうのですが(笑)、自分自身を見つめる行為も旅の醍醐味の1つであることは間違いありません。

4、世界を自分ごとにする

自分と世界をコネクトするという点でも、旅は私にとって大事なものです。

この世界に生きている限り、世界で起こっていることで自分に無関係なことなんて一つもありません。けれど、遠かったり、見えなかったりすると、どうしても”他人事”に思えてしまう。

たくさんの人が死んでも、どこかで誰かが困っていても、意識が向かなくては気付きもしない。知ってても他人事に感じて、行動を取らない。そんな自分に気が付いて悲しく思いました。

以前はロシアなんて遠い場所のように思っていましたが、実際に足を運んで、その場所を知っていたり、知り合いがいたりすると途端に近く感じます。

ニュースでロシアのことをやっていると自然と意識が向くし、事故があると「あの人たちは大丈夫だろうか」と心配になります。できることがあったら力になってあげたいとも思います。

その土地に思い入れがあれば、以前は関心が持てなかったことにも意識が広がっていきます。その意識がたくさん集まれば、どんどん世界を自分ごとのように感じることができます。

無関心が悪いことだとは思いませんが、私はこの世界に生きる者として世界と関わっていたいと願います。旅を通して私は世界と繋がるのです。

***

体験として新しい世界に出会うこと
世界に生きている感触を味わうこと
世界を鏡にして自分を発見すること
世界を自分ごとにすること

これがわたしが旅をする理由です。

このブログのタイトル『世界をひらく旅』というのは、この思いをベースに名付けられました。

旅することで本の新しいページを開くように新しい世界をひらいていきたい。

このブログでは、わたしが開いた世界をみなさんに少しでもお伝えしていければなと思っています。(もちろん、旅情報などの実用的なことがらも!)

世界のために何かしたい

誰かのために何かしたい。

かなり自分本位に生きているわたしでも、せっかく生きているんだから「世界に貢献したい」という思いを持っています。わたしの対象は「地球」そこに住まう「いのち」です。

「誰かのために」というのは美しい思いですが、結局はエゴの塊でしかありません。一歩間違えれば「誰かのために」という大義名分を担いだエゴイストになってしまう。

わたしは地球が好きです。そしてそこに住む「いのち」が愛しい。いま私たちが住んでいる社会というのは人間本位に回っていて、それゆえに犠牲になっているものがたくさんある。わたしは彼らが好きだから、助けたあげたい。彼らが犠牲にならなくて済む世界にしたい。

けれども、これは”わたしが望む世界”という完全なエゴ。犠牲になっている自然や生き物からどう困っているのか、どう助けてほしいのかというヒアリングは残念ながら行えないので、わたし本位の感情の先走ったエゴです。

目の前では明らかに必要のない犠牲が無残な状態で払われている。助けてあげたい。けれどもエゴを自覚しているが故、どういうふうに行動すればエゴを押しつけずにできるのか解らず、モヤモヤして生きていました。

動物のために何かしたいと思ったのは、彼らの側で暮らしたのがきっかけ

そんな中、出会ったのがエシカルという概念です。

エシカルとは、平たく言うと「人間に良いことが、世界にも良よくて、サスティナブル(持続可能)な選択」のことを指します。言葉自体は英語の「ethical(倫理的)」に由来しています。

例えば、世界では廃棄されるプラスチックが問題視されていますが、もし今より生産コストが低く、永続的に採取される素材でできていて、かつ環境にも優しいプラスチックがあったとしたら、それは人間も世界もみんながハッピーになる選択肢になりえます。

わたしはエゴを押し付けることはしたくない。けど、もし受け取る側にメリットがあればオススメすることはできる。そうすれば押し付けずに、少しずつ自分の望む世界へと変えてゆくことができる。

「エシカル」と一口に言っても、中身は様々で、環境問題やアニマルウェルフェア、フェアトレードなどいろいろな問題解決案を含みつつ、具体的にはエシカル消費、エシカルファッション、エシカルジュエリーなど、実際の行動や商品に反映されています。

 

わたしの関心の中心は「地球」とりわけ「人間以外のいきもの」なので、それらを直接助けてあげるような活動に興味があり、特に他のいきものが人間の社会的活動と共存できるサスティナブルな世界の在り方というものを作りたいです。

また、人間全体が豊かになれば他のいきものへの優しさを持つ余裕が生まれ、わたしの思いに賛同してくれる人間も増えてゆくのではないかと考えています。

1人だとできることは限られてしまうので、より多くの人を巻き込んでゆける行動もしてゆきます!

おわりに

以上、わたしについて長々と書かせていただきました。

こんなこと考えて生きてるのね〜と少しでも知っていただけたなら嬉しいです。

1万字も書きましたが(長!)、これはあくまで今ベースな話なので、ここからどんどん話は進みますし、考え方も少しずつ変わってゆくと思います。

ツイッターではもう少し具体的かつ現在進行形なお話ができると思います。少しでも興味を持っていただけたならぜひ覗いてみてください〜。

読んでいただいてありがとうございました!